​三条の湯の歴史

今から200年余り前、甲州丹波山村(現・山梨県北都留郡丹波山村)の河村源次郎という男が後山の山中で狩りをし、1頭の鹿に傷を負わせた。その鹿が行く先を追っていくと、湧き水に傷口を浸し、あたかも治療しているかのようだった。

 

この水を飲んだり、沸かして入浴してみると、創傷、冷え性、胃腸病、皮膚病、神経痛、リウマチなどに効果があった。無人の小屋に浴槽が据え付けられ、誰でも自分で沸かして入れるようになっていたこの鉱泉は「鹿の湯」の名で親しまれていたが、大正12年の大水で流されてしまう。

 

それから時を経て戦後、東京都水源林丹波山出張所の山路勝輝所長と丹波山村の木下孟一が浴場を設けた山小屋を作り、「三條の湯」(現・三条の湯)と名付けて雲取・飛竜の登山者、青岩鍾乳洞の見学者など一般に開放することになった。小屋の利用者各位が、この静寂な渓谷の出湯で都塵を洗練され、明日の英気を養うことができれば幸いである。

 

1950年7月10日 初代管理人 木下孟一

開設当時(1955年頃)の小屋